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2008年2月22日 (金)

初めての善人宿

このまま、一寺ずつ紹介したのでは、ふりかえりがいつまで続くかわかりませんので、次回遍路(3月末予定)までに四十三札所の紹介をしたいので、少し先を急ぎます。

8番札所の熊谷寺横の野球場の公園で野宿したあと、朝早く九番札所の法輪寺にいきましたが、まだ門が開いてなく、前で待っていました、続く十番札所の切幡寺は山寺でかなりの階段を登り、息を切らせながらお参りしました、10番札所の切幡寺から十一番札所の藤井寺までは距離があり、あの有名な清流、吉野川を渡らなければなりません、ここらの橋は川の氾濫で流されないよう、欄干のない沈下橋となっていましたこのへんで雨が降り出し藤井寺のお参りは翌日にまわしこのお遍路で始めての善人宿、(善人宿とは、お遍路さんに無料で提供してくれる簡易的宿泊施設です)鴨の湯さんを探しました、鴨の湯さんの善人宿は私が手作りしたデッキより粗末なものでしたが、この時は雨もしのげ本当に感激しました、おまけにお風呂も割引で入れ、洗濯機も無料で使えました。

第九番札所  法輪寺Rimg02251 Img_16951

第十番札所  切幡寺Img_16971 Rimg02321

善人宿鴨の湯Rimg02431 Rimg02411_2           

2008年2月20日 (水)

遍路ふりかえり再燃

毎月一回、全国の200名山、300名山の山を登りに行き、長期連休は、四国へお遍路というパタ-ンにてこの3年ぐらいはやってきましたが、今年は新年の誓い通り、お遍路に力を入れるということで、3月は後半に有給休暇を集中させお遍路に行く計画を実行中。

まだ一ヶ月以上ありますが、毎回の様に車で高松空港まで行き、春休みであれば青春18切符を使い普通列車乗り継ぎ松山まで行くか、経費節減を考え高速バスにて大阪(昨年から運行になった)、松山とつないでいくか迷っています、方法によっては春休みと重なり予約が必要になります、多分仕事の関係で車で行くことになると思いますが、列車に乗るのも楽しみのひとつです、四国には、アンパンマン列車が走っています。Rimg26951 Img_17941

前回7番札所の十楽寺まで説明しましたが、八番札所の熊谷寺あんまり憶えていません、只、足のまめの痛さで隣の野球場がある公園にて野宿しようと本に書いてある通り許可をとりに公園事務所にいったところ、ここで野宿してもらっては困ると言う冷たいひとこと、えぇ-、四国はお遍路さんには、寛大で親切という概念は吹き飛び、前日に続き不信感と絶望に落ち込んでいました、結局、負けずにそのまま動けず野宿しましたが、ナイタ-の光とうるささで夜寝れませんでした。

第八番札所  熊谷寺山門Rimg0216_11 Img_16911

2008年1月18日 (金)

儲かっているんだろうな

お遍路の思い出話に戻ります。

6番札所安楽寺を出て、痛い足を引きずり、10数kgの背に担いだ荷物がぎっしり肩に食い込み、意識もうろうの中、これも田舎の町並みの路地を第七番札所の十楽寺到着、山門を見てびっくり、まるで工事現場のような雰囲気、そうなんです、お寺の横の宿坊の改修工事を行っていました、宿坊とは、お遍路さんを泊めるお寺が運営している宿のことですが、その規模に思わずこのお寺どれだけ儲かっているのかなぁと心の中でつぶやいてしまいました、まだまだ修行が足りないな~。

第七番札所 十楽寺Rimg02081 Rimg02101

2008年1月17日 (木)

あんまり憶えていない

雪が降って被写体ありそうですが、他の人もたくさん取り上げているので、本来のお遍路の思い出話に戻ります。

5番札所の地蔵寺でたっぷり居眠りしたあと、第六番札所の安楽寺は田舎の狭いアスファルトの道を、道標にそって歩いていたとおもいますが、あんまり憶えていないんですね、何故かというと、足の裏に大きな豆、そう5センチぐらいのが出来ていてそれがめくれた状態になっており、痛くて痛くてもうろうとしながら歩いていたのです、靴が合わなかったんですね、予算が無かったものですから、使い古しの登山靴にて来たのが間違いでした、登山靴は、結構裏が硬くて、アスファルト歩くのにはむいていないんですね、ドラッグストア-にてテ-ピングを買いぐるぐる巻きにしてやっと安楽寺にたどり着きました。

第六番札所 安楽寺山門Rimg01981_2

2008年1月11日 (金)

五百羅漢と大銀杏

4番札所の大日寺を閉め出され、悲観にくれた初日をテントでカップラ-メンを食べ過ごし、早朝から再度大日寺の境内へ、何事も無かったように納経を済ませ、第五番札所の地蔵寺へ、ここは五百羅漢と樹齢800年の大銀杏で有名な所です、残念ながら五百羅漢は拝観料が必要だということで見られずしまいでした、ほんま大阪商人真っ青なほどの商売上手、昨日のことといい「ホントにこれでご利益があるの」という疑問を抱えながら、疲れたのか大銀杏の陰で朝から居眠りしていました。

散々なスタ-トになったお遍路でしたが、この時点で感じたのは、GWというのもあったのか、女の子の一人歩き遍路の多さには驚きました、本当に女の子というほどみんな若いんです(私が年いっているせいでそう見えたのか、迷える子羊が多いのか・・・・・・・)。

第五番札所 地蔵寺 Rimg01911

地蔵寺の大銀杏 Rimg01951

2008年1月10日 (木)

参拝しているのに閉め出された

3番札所の金泉寺からは、やっと車道を外れ山道といおうか田んぼのあぜ道に遍路道が入るようになり、何とかテントがはれる所が見つかるかと思いましたが、5時までには時間もあり、第四番札所の大日寺にお参りしてからと思いPM4時45頃大日寺の門をくぐることが出来ました、入ったらすぐ納経所に進み、お寺参りの証納経を済ませればよかったのですがマニュアル本の通り御蝋燭、御線香、般若心経、お賽銭、等々を行っている内に5時が過ぎ納経所が閉まってしまい、門までが閉まるありさまで追い出されてしまいました、なんと冷たい寺と思いましたが、納経を済ませていないため次のところには、いけず参道の休憩舎にてテントを張り、怒りのまま一日目が終わりました、同じ休憩舎には広島から軽トラックにてお遍路している人が同宿で寝袋だけで泊まっていました。

尚、遍路道は、細かく目印が書かれた地図を購入しそれにそって歩きました、道にも遍路道を表す標識、シ-ルなどが貼られ間違わないように整備されています、一度歩き遍路を短期でも経験したい人は、ネットにてグッズ販売されています。

第四番札所 大日寺 Rimg01821 Rimg01851

2008年1月 9日 (水)

今年力を入れるお遍路の話

昨年11月このタイトルでブログを立ち上げましたが、年末年始もあり、お遍路の話も2番札所にて終わってしまいました、今年はお遍路に力を入れるということで、続きをupして行きたいと思います。

第二番札所の極楽寺から、第三番札所の金泉寺も一番札所から道なりに車道を進むことになり、鳴門から歩いてきたということもあり、そろそろ日も傾きかけ、第一日目の泊まるところを考えなければなりません、通常歩き遍路と言えば、宿坊、民宿、ビジネスホテルなど安い宿を利用して行いますが、今回私のお遍路は、金なし、両親を弔うという目的の修行一番でした 、テント泊、善根宿というお遍路さんに善意で無料宿泊を提供している所を利用して進めていくことを誓ってましたから、泊まるところを探しましたが、街中でもあり、休憩所の東屋もなく、予定していた善根宿の溝口工務店さんは遠く、只ひたすらと豆がつぶれ痛い足を引きずりながら歩く羽目になりました。

第三札所金泉寺 Rimg01721_5 Rimg01741

2007年11月20日 (火)

お遍路の話Ⅱ

お遍路というとなんか、線香臭くて、おじいさんやおばあさん(私もそれに近い歳になってきましたが)がやるもんだと思われがちですが、おじいさんおばあさんは、観光バスにてガイドさんに連れられてお参りしている人が多いです、歩き遍路で来ている人は、比較的若い人が多く、特に大学生が目立ちます、それと御時世か、派遣社員で働かれている人が圧倒的に多く、悩める子羊たちの救いの道となっています、当然彼らは、宗教的に回っているのではなく、自己の挑戦、悩みを断ち切るため地図を見ながら必死に歩いています。

八十八ヶ所を回るという目的意識が同じなのか、老若男女を問わず歩き遍路同士はすぐに仲良くなることが出来、歳を意識することもありません。

特に徳島の第一番札所から第十七番札所は、GW中に歩ける距離で若い女の子の一人遍路という人も多いです。

前回の第一番札所霊山寺から第二番札所極楽寺までは数キロですが、非常に境内が静かになります。Rimg01621 Rimg01651

2007年11月16日 (金)

タイトル通りお遍路の話1

GWと夏休みの長期連休を利用しての四国八十八ヶ所の歩き遍路野宿の旅も2年が過ぎ、徳島県、高知県を過ぎ愛媛県松山市の手前大洲市まで来ました、最初はなにも知らず、只、通販で買った白衣に金剛杖、すえ笠姿に背中にはテント、寝袋、炊事道具、と山で使う道具を詰め込んだリュック12Kを担ぎ、使い古した登山靴のいでたちで歩き始めました、鳴門市から霊山寺迄の歩きで硬いコンクリ-トの影響か靴の選択の悪さからか、足の裏に既に大きな豆が、前途多難だなぁと思いながら第一番札所の霊山寺に到着、本で読んだ通りぎこちなく門の左側から一礼して入り、手を洗い、口を漱ぎ、荷物を降ろし本堂に向かい、蝋燭に火をつけ、線香に火をつけ、一礼をして般若心経を読むつもりでしたが、浄土真宗のお経も読めないのに当然読めるわけがありません、口パクで適当に終わり、納め札を納め、納経所にて300円を払い、お寺の名前と判子をもらう、一連の儀式が終わり次のお寺と進めて行きます、この行動何かににていると思いません、そうなんですオリエンテ-リングの元になったと言われています。

やっぱり、第一番札所だけあり、観光バスが何台も止まっており、境内は人でごったがえしていました、人の合間の隙をぬって記念撮影いたしました、もちろん剣岳のところでもいいました、ス-パ-マン、弘法大師様の奉ってあります大師堂もお参りしてきました。

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